ちば吃音親子キャンプ  どもる子どもの保護者の心配
 出会いの広場でのゲームですっり打ち解けた参加者たちは、それぞれ次のプログラムのため、会場を移動しました。子どもたちは、自然の家の周囲をぐるっと散歩した後、工作に取り組みました。保護者は、僕と、学習会です。学習会の会場は、和室の学習室でした。腰が痛いので、僕だけいすに座っています。初めに、お渡しした資料について簡単な説明をして、いつものように、質問を書いてもらいました。今、一番知りたいと思っていることにお答えしたいからです。こんな質問が出ました。

ちばキャンプ8 保護者学習会


・子どもは、どもりについて肯定的になってきたが、今後、クラス替えや就職などの際に、肯定的に考え続けることができるかどうかが心配だ。
・性格と吃音は関係あるか。
・どもりやすい言語はあるのか。逆に話しやすい言語はあるのか。英語と日本語で、どもることに関して比較できるか。
・同級生から「どうしてそんなしゃべり方なの?」と聞かれて、子どもが困っていたので、親の私が「緊張すると、こうなるんだ」と答えたら、「緊張するからって、そんな話し方は普通しない」と言われ、それ以上説明できなかった。どう対応すればいいか。
・話しにくそうにしているとき、助けたいと思う。「あせらなくていい」と伝えたいのだが、いいか。
・中学生なると、いじめが心配だ。全力で守りたいと思うが。
・大人になるにつれて、随伴症状は減っていくものなのか。
・基本的に、周りの人にどもりのことを伝えていくことになるのだろうか。
・ほとんどどもっていると分からないような人もいるが、それは治ったと考えていいのか。
・友人関係でいじめられたとき、親が出ていってもいいのか。
・中学校に入学するとき、新しい環境になるので、先に学校や担任に親が相談した方がいいのか。
・成長していく中で、どもる自分をどう思っていくのだろうか。障害をもつことについてどう考えていくのだろうか。
・ことばの教室に通って5年。明るく楽しい生活をしている。ただ、発表だけができなくて、あきらめている。どうしたらいいだろうか。
・伊藤さんは、治療を受けた経験があるのか。
・治らないんだと分かったとき、どんな気持ちになったのか。

 その中で、ここでは、紹介します。
いじめについて
 からかいといじめはまったく違います。いじめとはっきりしたら、学校、教育委員会、警察、あらゆる手段を使って全力で守るべきです。しかし、からかいに関しては、子どもと相談して下さい。選択肢は複数あります。こんなときはどうするか、こんなときはどうするか、と普段から子どもと相談しておくといいでしょう。笑ったり、からかったりということはよくあることなので、いじめとの区別をつけ、自分でしのいでいけるくらいの力はつけておいてほしいと思います。

僕の治療経験について
 僕は、どもりが治らないと自分の人生はないと思い込んでいました。当時は、どもりは治る・治せるの情報しかなかったので、僕がそう思うのは、当然のことだったかもしれません。あの苦しかったときを生きてこられたのは、このままどもったまま死んでたまるか!という気持ちからでした。東京正生学院に行きたい、そこに行ってどもりが治ってから僕の人生が始まると思っていました。どもっている今は、仮の人生だと思うと、一生懸命生きることもせず、もちろん、勉強もしませんでした。どもりが治ったら〜しようと思っていたのです。21歳のとき、東京正生学院に行き、一ヶ月寮に入り、治療を受けました。しかし、僕のどもりは治りませんでした。そこで、僕は考え方を変えたのです。生活のためにしなければならなかったアルバイト生活で、僕は、どもっていても人は僕の話を聞いてくれるということを知りました。どもっていても、どんな仕事でもできるということを体験的に知りました。それが自信になって、大阪教育大学の教員という仕事に就くことができました。この話をすると、「伊藤さんは必死に治す訓練をしたけど、私はまだしていない」と言う人がいます。戦争をまだ経験していないから、一度戦争をして、それから戦争はいけない、平和が大切だと気づいても遅いでしょう。たくさんの人々がしてきた、治すことの失敗の歴史に学ぶことが必要なのです。

治らないと分かったときの僕の気持ち
 絶望感は全くありませんでした。悩むこともあませんでした。じゃ、どう生きるかにエネルギーを使おうと思いました。肩の荷が下りたようでした。大阪教育大学時代に、児童相談所で、ことばの送れのある子どもや保護者と関わりました。そのとき、母親たちは、「この子がお母さんと呼んでくれるまで、自分の好きなことも我慢しています」と言いました。僕は、それはダメだと言いました。犠牲になってしまってはいけないのです。今、親が幸せに生きていることが大切なのです。これさえなかったらという発想、どもりさえ治ったらという発想をやめたから、今の僕があるのです。吃音は、認めさえすれば、どもって話していく覚悟ができれば、不自由はほとんどないのです。

 この後は、レストランでの夕食です。食堂ではなく、レストランとなっています。バイキングと聞いて、楽しみにしていました。他の団体、グループもたくさん来ているので、一カ所に集まり、みんなで「いただきます」の挨拶をして、というわけにはいかず、それぞれが食事をとる方式です。僕は、滋賀県の荒神山自然の家の他に、全国各地の自然の家に行きますが、こんなに明るく、広く、きれいな所は初めてでした。地元の野菜もたくさん使われていて、バラエティに富んだ総菜が並んでいます。糖尿病の僕にも、食べられるものがたくさんありました。
ちばキャンプ13 レストラン バイキングちばキャンプ14 レストラン 伸二
 写真は、夕食時に撮るのを忘れたので、翌日の昼食時のものです。

 おなかいっぱいになりました。そして、夜のプログラムは、子ども、親、ことばの教室の教員の全員が一同に集まっての時間です。僕は、ここで初めての試みをしようと思っています。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2018/03/27