前回の続きです。

  沖縄嘉手納での幼児吃音の講演

 ムーミンのアニメや絵本、ムーミンのこと、聞いたことがある人?手を挙げて下さい。ほとんどの人が知っているのですね。では、みなさんが、ムーミンについて知っているという前提で話をしていいでしょうか。
 僕は、ムーミンについて、なんかカバのような、動物のような、絵かぬいぐるみで知っていたけれど、それ以上は全然知りませんでした。作者には、物語の中で伝えたい深いメッセージがあるとは知りませんでした。散歩の途中で立ち寄った絵本カフェのオーナーで、絵本を研究する、幼児教育の専門家と親しくなりました。絵本について話をするイベントがあり、そこで初めてムーミンってこういう話だったのかと知りました。
 ムーミンのとても重要なテーマになっているというのが、「三間」です。3つの間です。 ムーミンの世界が大事にしている3つの間、何だと思いますか?
 人が生きる上で、重要なものです。分からないようなので、ヒントを出します。
 ひとつは、「空間」です。ムーミン一家が住んでいる、ムーミン谷が大事な空間です。
 後はどうでしょう? 「時間」です。フィンランドは、冬と夏が全く違うそうで、季節によって、物語が全然違うものになっているというのです。人生にとって、時間は大きなファクターです。もうひとつは、「仲間」です。この3つを、作者が大事なテーマとして物語を作っていきました。構想は1930年くらいからで、出されたのが1945年でした。第二次世界大戦が終わって、その後、人はどうしたら平和に、幸せに生きていくことができるか、ということを作者のトーベ・ヤンソンは考えました。マンガではなくて、小説のようなものだったらしいです。日本ではアニメにしたようですが。
 まず「場所」です。
 安心して弱音を吐くことができ、自分のそのままを出して自分らしさを取り戻す居場所。豊かなコミュニティがムーミン谷です。人が生きていく上でこのような場所がどうしても必要です。幼児では、家庭が一番で、保育所や幼稚園もムーミン谷です。幼児吃音で「環境調整」ということが言われるのも、子どもが安心して生活し、しゃべることができる空間が必要だからです。
 次に「仲間」です。仲間の大切さをひしひしと思うのは、僕は、同じような仲間と出会って、救われました。僕だけがどもりに悩んでいたと思っていたのに、この人もあの人も悩みながらそれなりに生きているという姿を見て、僕も生きる勇気が出ました。ムーミン谷には、ムーミンを支える仲間がたくさんいます。これが、空間と仲間です。
 「時間」ということは、そのときそのときにとても大切なことがあるということです。乳児期には乳児期の大切なことがあり、幼児期には幼児期の大切な課題があり、学童期には学童期の課題があります。そのときそのときにちゃんとした関わりや、教育や保育ができていないと、子どもが大人になっていく成長に結びついていかない。今回、幼児期の吃音がテーマですが、「時間」ということを考えてみると、幼児期にとって吃音はどういう意味合いがあるのかという話になります。
 フィンランドで、トーベ・ヤンソンによって、3つの「間」をテーマにしたムーミンの話が作られました。その同じフィンランドで、今、世界的に注目されていることがあります。それは、精神医療の世界の、オープンダイアローグというシステム、治療法です。開かれた対話といいますが、これは、とても画期的なことなんです。精神疾患としてはとても重篤で治療の難しい統合失調症は、日本であれば、強制的に入院させられて、診断され、薬が投与されます。世界の中で、日本が圧倒的に、病院に閉じ込められている率が高いのだそうです。
 僕の身内に統合失調症の人間がいて、急性期で大変な中、彼を車に乗せて病院に連れていって入院させたという経験があるので、オープンダイアローグの話を聞いて一瞬えっと思いました。でも、詳しく内容を聞くうちに、あっ、そうか、これは当然のことだなと思い直しました。
 この人、ちょっとおかしいなと周りが思ったり、きょうだいや家族、また本人が、最近、幻聴が聞こえるし、妄想が激しいし、なんか変だと思ったときに、病院に連絡すると、24時間以内に、保健師、看護師、精神科医、ソーシャルワーカーなどの専門家がチームをつくって、統合失調症とおぼしき当事者のところに行って、対話を続けるというものです。それがオープンダイアローグです。開かれた対話です。それを毎日毎日繰り返します。また、12日間でも、15日間でも、必要であれば30日間でも続くといいます。
 これまでだったら、すぐに入院、あるいは大量に薬を投与されていた統合失調症の人たちが、毎日毎日対話を続ける中で回復していきます。病院に入る必要もないし、必要なときには薬を使うけれども、基本的には薬を使わないで、多少の問題を抱えながらも地域で暮らしていきます。精神病院そのものが不必要になって、どんどんベッド数が減らされていきました。フィンランドも昔はそうではなく、ベッド数が多かったけれど、今はほんとに数えるくらいしかないようになったそうです。少し強めに言うと、対話をするだけで統合失調症が治るということです。

 「なんだ、これは。自分たちがやってきたことは一体何なんだ。入院させ、診断し、薬物を投与し、集団心理療法をやってきたのに、オープンダイアローグという、ただ対話をするだけで問題が緩和し、解決していくのか」と、ほんとにそんなことが起こり得るのかと、日本の精神科医たちの間では、懐疑的だったようです。しかし、この実践は、1980年頃から始まっていて、成果があり、研究結果やレポートも出されていたので、これは本物かもしれないと、みんなも思い始めて、論文を読み、実際にフィンランドに研修に行き、スタッフや統合失調症の人たちの話を聞いて、その実践の素晴らしさを評価するようになります。国の状況が違うので、日本にそのまま導入するのは難しいけれど、いい点は学んで日本の精神医療にも生かしたい。そう考えた人たちが、日本にこのオープンダイアローグを紹介し始めました。

 オープンダイアローグの特徴のひとつに、対等性があります。当事者も精神科医も看護師もソーシャルワーカーも、ひとりひとりが人間として対等ということ。これは、教育や、福祉、医療などのすべての領域で基本的に必要なことです。インターネットで検索すると、オープンダイアローグの映画を、ユーチューブで見ることができます。それを見ると、誰が精神科医で、誰が当事者で、誰が家族か、全然分かりません。対等性が尊重されて、当事者が幻聴について話すと、みんながそれを受け止めて、みんながそれにレスポンスする。返していく。それを応答性と言います。誰かが発言したときには、必ずすぐにそれにきちっと応答していく。これが、オープンダイアローグの大事なミソなんです。このような対話を続けるだけで、変わっていく。

 考えれば、僕は、21歳までどもりにものすごく苦しみ悩み、治さなければならないと思い込み、訓練をして治療を受けてきたけれども、治らなかった。そして、僕は21歳からがらりと変わりました。21歳でがらりと変わったのは、東京正生学院という吃音治療所で、同じようにどもる仲間と専門家とでオープンダイアローグのような対話をしていたからです。対話をする中で、どもりとはどういうことなのかを考えた。どもりは恥ずかしいものだ、どもったら嫌だ、どもりさえなければ僕の人生は変わるのに、とずっと思い続けてきたのが、開かれた対話の中で、僕は洞察し、変わっていった。そういう経験があるので、オープンダイアローグの成果は、ある意味、当然のことだと思いました。
 つまり、統合失調症のような症状が出たとき、即入院させ、診断し、薬を投与するなどで治療する。そういう従来のあり方ではなく、まずは対話を繰り返す。このあり方は、精神医療の中で、多数にはならないだろうとは思うけれど、大事なことを言っていると思います。   つづく
沖縄幼児吃音3 母親と対話
 
 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2018/02/04