石井さん、安らかに
 40年以上も前からのおつき合い

 今日、冷たい雨が降る中、石井秀明さんの告別式に参列してきました。
 石井さんとの出会いは、45年近く前になります。僕が大阪教育大学の教員をしていた頃、児童相談所で「母子通所言語訓練」の仕事もしていました。相談所を訪れるのは、自閉症や重い知的障害の子どもたちばかりの中で、吃音のことで相談に来られたのが、石井さんでした。
 息子さんはそのとき3歳。一度相談に来られて話しただけでしたが、その後もずっとおつき合いが続きました。お父さん自身がどもる人で、印刷屋さんだったからでした。仕事のかたわら、話す機会の多い、自治会の会長や、さまざまな地域の世話役を喜んでする人でした。町内会の人たちとカラオケを楽しみ、その場を楽しく明るくさせるムードメーカーだったと告別式の話にもありました。参列者、弔電の紹介にも、府会議員、市会議員、社会福祉協議会、警察署長、消防署署長、区長など、石井さんが生前、地域の中で、持ち前の人柄で貢献されていたことがよく分かりました。

 「伊藤さんは人前ではあまりどもらないのに、僕は人前では必ずどもりますねん。何か人前でうまく話す方法はないもんだっか」と、何かの会合の司会や挨拶の前日によく言っていました。そう言いながら、人の世話をするのが大好きでした。

 毎月のニュースレター「スタタリング・ナウ」の印刷、その前身の「吃音とコミュニケーション」の印刷、年に一度の冊子も、全て石井さんにお願いしてきました。1986年に京都で開催した吃音問題研究国際大会の要項冊子も、報告書も、印刷していただきました。毎月一度、「スタタリング・ナウ」の原稿をお渡しするときに、少し立ち話をするのを、石井さんも僕も楽しみにしていました。

 同じように糖尿病仲間でもありました。血糖値の数字を言い合いっこしたり、お互いにからだに気をつけようと励まし合ったりしてきました。今年、6月に僕が入院したときは、びっくりされ、「実は、私も検査入院するんだ」と打ち明けても下さいました。心臓、肺に違和感があったようです。

 石井さんには、3人の息子さんがいらっしゃいました。3番目の方が、石井さんと同じようにどもります。相談に来られた3歳の息子さんです。
 一昨日、その息子さんからお電話をいただきました。小児科の医師であるその息子さんは、今も、どもっています。その息子さんの息子、石井さんにとっては孫にあたりますが、高校1年生になっていました。小学校低学年のとき、家族で吃音親子サマーキャンプに参加されたこともあります。3代にわたる、どもりつながりです。

 石井さんは、入院しながらも、僕たちのニュースレターの印刷のことをずっと気に掛けていて下さいました。今月号の「スタタリング・ナウ」も、知り合いの印刷屋さんに頼み、発送作業をするところへは、息子さんが運んで下さることになっています。こんな大変な時期なのにと恐縮すると、「いや、父からきちんとするように言われていました。父は最後まで気にしていましたから」と言われました。

 たくさんの方に助けていただき、活動していることは、常々感じていますが、石井さんもその中の一人でした。

 77歳、僕より4歳年上でした。寂しいです。立ち話でぼくがひどくどもっていると、「伊藤さん、今日は、ひ、ひどいでんな」と、うれしそうに、笑いながらおっしゃっていた姿を思い出します。残された命、限られた命を大切に生きたいと、改めて思いました。
ご冥福をお祈りします。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2017/10/19