どもりながら、セリフを言い切る子どもたちに温かい拍手

 サマーキャンプの最終日、今朝も放送は鳴らずでしたが、朝の集いはスムーズに進んでいきました。部屋のそうじ、荷物の後片付け、シーツ返却と忙しかったのですが、予定より15分早めて活動が始まりました。
 
 朝食後、子どもたちは、芝居のリハーサルです。芝居の上演会場となる学習室をグループごとに時間を区切って、本番同様のリハーサルをします。

 子どもたちががんばっているその頃、実は、保護者も、集会室で、親のパフォーマンスの練習に必死なのです。子どもたちが、苦手な芝居に挑戦しているのだから、親も、それを応援するだけでなく、自分の声、自分のことばを磨こうと始まった親のパフォーマンス。子どもたちの芝居の前座のつもりだったのですが、いつのまにか、サマーキャンプにはなくてはならないものになってきています。
 長年、このサマーキャンプに参加している保護者の中には、この時間に命をかけているくらい、このために参加していると言ってもいいくらい、大切にしてくれている人がいます。

 最初の頃は、歌を歌ったり、谷川俊太郎の「生きる」や北原白秋の「お祭り」などを使っていましたが、ここ10年以上は、工藤直子の「のはらうた」を使っています。題して、「荒神山ののはらうた」。今年は、そのPART13でした。
 5つの詩を選び、それなりに順番や構成を考えて、台本らしきものを作ります。ここまでは、僕たちがサマーキャンプ前にしてきます。
 それを、話し合いの5つのグループごとに分かれて表現するのです。全員で読んだり、ひとりで読んだり、振り付けあり、芝居仕立てあり、それぞれが工夫して表現します。その練習風景は、ほかのスタッフはみんな、子どもたちの芝居のリハーサルをしているので見ることはできず、僕たちだけしか見ていないのですが、ほんとに楽しそうです。

 初日の90分、翌日の120分の話し合いの時間を一緒に過ごし、親の学習会では、グループで模造紙を前に真摯に考え、取り組んだ仲間だからこそ、こんなに弾み、楽しそうに見えるんだろうなと思います。いや、楽しそうというのは、外から見ているから言えることかもしれません。本当は、恥ずかしくて嫌だなと思っている保護者もいるのかもしれません。でも、この時間、子どもたちも、苦手な芝居に挑戦しているのです。そう思うと、保護者だって、という気持ちになってくるのでしょう。どのグループも、ユーモアたっぷりのパフォーマンスが完成しました。

 開場です。120名を超す参加者が、入り口がひとつしかない学習室に入り、着席するのに、5分とかかりません。会場係がいるわけでもないのに、この速やかさ、いつも感心させられます。

 前座は、保護者のパフォーマンス。子どもたち、特に初めて参加の子どもたちの目は、釘付けです。今まで観たことがないような親の姿にびっくりしています。親たちも、もうやるっきゃない!と開き直ったように、とびっきりの笑顔で、全開のパフォーマンスでした。

親の表現1
親の表現2

このおかげで、緊張していた子どもたちの表情も和らぎ、さあ、いよいよ、子どもたちの芝居のはじまりです。
 せりふをほとんど覚えて台本なしで演じている子どもがいます。自分たちのアイデアを取り入れ、芝居に厚みと深みが出ています。どもってことばが出にくい場面も、みんな自然に待ちます。相手のことばを受けて、それに反応しながら、自分のせりふを言います。みんな、女優、男優になったような気持ちでしょう。観ている観客もすばらしくて、大きな拍手を送ります。
子どもの劇1
子どもの劇2
子どもの劇3

 みんなで、ひとつの芝居を作り上げた満足感が会場全体を包んで、上演が終わりました。
 そして、この余韻の中、今年、高校3年生を迎えた4人の子どもたちの卒業式を行いました。卒業式ができるのには、条件があります。サマーキャンプに、3回以上参加していることです。ひとりひとりに合ったことばを手作りの卒業証書に記して、渡します。そして、次に、ひとりひとりが、語ります。これが、見事でした。

 4人とも、ぽつりぽつりと話し始めました。今、自分の中から生まれてくることばを慈しむように、大切にしながら、サマーキャンプで得たものを話していきます。どもりながら、今の気持ちにぴったりのことばを選びながら、語る姿を見て、僕は、胸がいっぱいになります。すらすらしゃべることではない、自分の思いを自分のことばで語れるようになってほしいと願ってきたことが、今、目の前で子どもたちが見事にやってのけているという事実、これがサマーキャンプなのだと思いました。
卒業生4人

 卒業生が話した後は、子どもを連れてきた保護者も話します。連れて来ることだけしかできなかったと言いますが、それが親にできる最大のことでしょう。この卒業式を観ている周りの観客もとてもすばらしいと、いつも思います。小さい子たちも、静かに、お兄ちゃん、お姉ちゃんのことばを聞いています。何年か後の自分を重ねているのでしょうか。
卒業生を見守る参加者

 卒業式の後、短い時間でしたが、初参加の人に感想を聞きました。皆さん、温かい雰囲気で、とても居心地がよかったとおっしゃいます。これは、吃音親子サマーキャンプだけでなく、「親・教師・言語聴覚士のための吃音講習会」でも、以前、行っていた「吃音ショートコース」でも、よく言われたことです。僕たちにとっては、いつもの雰囲気、いつものことなのですが、初めて参加される人にとって、そんなふうに感じていただけることは、ありがたいです。それは、参加者がみな対等であること、ひとりひとりが主人公であること、そんなサマーキャンプで大切にしていることが、長い間に熟成されて、醸し出しているサマーキャンプの雰囲気、風、場の力なのかもしれません。

 何よりも、僕たちが「世のため、人のため」ではなく、自分自身が楽しい、自分がしたいからしている活動で、スタッフ自身が楽しんでしているからだと思います。参加者の声を聞き、卒業してスタッフとして戻ってくる人たちや、親の学習会では講師を務めるほどに成長している子どもたちを長年見ていると、ふと、こりゃ、やめられないじゃないかと思ってしまいます。

 今年は、第28回目でした。30回まではやると宣言しました。その後は、僕が元気であれば、余力があればと、明言は避けました。皆さんから、「うちの子が卒業するまでは、ぜひ」と何人かから言われています。
 サマーキャンプで、きっと僕が一番元気をもらっているのだから、死ぬまで続けるしかないだろうな。そんなことを思いながら、今年のサマーキャンプを終えました。
 
 例年、サマーキャンプが終わると、秋の訪れを感じます。今年は、少し暑かったようですが、ここに来てようやく秋らしくなってきました。

 吃音の夏が終わります。少しさびしい気がしますが、秋は、静岡、岡山、島根、群馬と、各地でキャンプがあります。秋の吃音キャンプロードが、静岡をトップに9月下旬から始まります。また、新しい出会いが楽しみです。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2017/09/04