僕の時代の貧しさとは格段に違う、今の貧困

 第69回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞の映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」を観てきました。前作を最後に引退を表明していた、イギリスを代表する巨匠ケン・ローチ監督が、それを撤回してまで作りたかった映画です。

 イギリスに生まれて59年、ダニエル・ブレイクは、大工の仕事に誇りを持ち、誠実に生きてきた。妻を亡くして一人になってからも、規則正しく暮らしていたが、突然、心臓の病で、仕事がしたくてもできない体になった。国の援助を受けようと申請するが、理不尽で複雑な制度に気力が失われてく。援助が受けられず、経済的・精神的に追いつめられていく。そんな中、偶然出会ったシングルマザーのケイティとその子ども達を援助することから、交流が生まれ、お互いに助け合う中で、ダニエルもケイティ家族も希望を取り戻していく。しかし、あまりにも厳しい現実が彼らを次第に追いつめていく。

 これがこの映画のストーリーですが、現在のイギリス、というより全世界に広がっている、貧困に苦しむ人たち、しかし人間としての尊厳は失わない人たちの物語を今どうしてもケン・ローチは伝えたかったのでしょう。

 僕は、昨年、ロンドンに行きました。デパートに集まってくる人々は明るく、華やかです。それに比べて、福祉事務所に福祉手当を申請にくる人々や、食料の援助を受けにフードバンクに来る人々はあまりにも貧しい。ダニエルやケイティ親子の生活ぶりに、これが本当にイギリスの現実の姿なのかと実感がわきませんでした。しかし、日本でも同じことが起こっています。この現実に、僕たちは今直面しているのです。東京銀座の華やかな世界と、「子ども食堂」に集まってくる子どもたちや、貧困のために進学を諦め、将来の夢を描けない女子高生など、日本の現状を僕たちはニュースで知っています。イギリスと日本の現状は、ほとんど同じなのです。ここまで開いてしまった格差と貧困。ケン・ローチ監督の怒りが、ひしひしと伝わってきます。

 必死の思いで、助けを求めている人々に、役所はあまりにも官僚的な手続きを求めます。パソコンをもたない、使えない人たちに、一律にネットでの申請を強要します。未だにパソコン初心者の私は、途方に暮れるダニエルに、つい自分を重ねてしまいます。これは強者の弱い人への暴力であり、いじめです。役所の人間とダニエルのやりとりは、日本でも似たようなことが起こっているのだろうなあと考えてしまいます。東日本大震災、福島原発事故に苦しむ多くの人たちが実際に経験してきたことでもあるでしょう。

 大きな権力の前には、8億円も値引きするという、今、流行のことばになった「忖度(そんたく)」はするが、保育所や幼稚園への援助は渋る。弱い立場の人にはあまりにも尊大な官僚たちは、日本だけのことかと思っていたけれど、イギリスでも同じでした。
 人間としての尊厳を踏みにじられ、フードバンクで我慢できず缶詰を開けてしまうほどの空腹を覚え、そんな貧困、不条理に苦しみながらも、人は人のことを想い、助け合おうとする。ダニエルとケイティ親子との心の交流が救いです。最後に紹介されるダニエルの手紙に、ケン・ローチ監督の怒り、伝えたかったことが集約されています。
 
 「私は依頼人でも、顧客でも、ユーザーでも、怠け者でも、詐欺師でもない。きちんと税金を収めるまっとうな市民だ。働かないのではない。働きたくても、働けない。これまできちんと税金も払ってきた。施しはいらない。俺は番号ではない。身分の高いものには媚びないが、弱い者には手を貸す。ひとりの市民である。私はダニエル・ブレイク。人間だ。犬ではない」

 僕の家はとても貧しくて、その日の米を少しずつ買いに行くほどでした。小学校の時、給食代をもっていく日に、現金がなく、「忘れました」と何日も言い続け、教師から叱られたこと、とてもよく記憶しています。でも、僕の時代は、僕の家ほどではないにしても多くの人が貧しく、その貧しさを格別につらいとは思いませんでした。浪人時代は新聞配達店に住み込んで勉強し、大学も新聞配達店に住み込んで大学に通うなど、貧しかったのですが、今の時代の貧困とはまったく違うものでした。

 貧しさのために、大学や高校進学をあきらめる人に対して、「俺たちも働いて学校へ行ったのだから、できるはずだ」と、僕と同じ年代の人が投書していました。これは、現実をまったく見ていない暴言です。
 記憶違いかもしれませんが、僕が大学生だった頃、私立大学でも年間授業料が5万円程度ではなかったかと思います。これだから、アルバイトでなんとかなったのです。今の学費の高さとは比べようもありません。今なら、僕も大学進学を諦めざるを得なかっただろうと思います。

 今の、日本の貧困は、暴力的です。「政治屋」に少しの人間性が残っていれば、少なくとも子どもの貧困は何とでもなるはずです。「わたしは、ダニエル・ブレイク」を観ながら、日本の「政治屋」に言いようのない怒りがこみ上げてきました。おそらく、ケン・ローチ監督は、格差、貧困への怒り、悲しさを映画にぶつけるしかなかったのでしょう。

 暗いテーマの映画ですが、ほのかに明るさを感じ取ることができるのは「人の人に対する想い」があるからです。「人は、人を想う心があれば、それは人に通じる」。人への信頼があるからでしょう。監督のキャスティングも見事でした。ダニエルに、コメディアンとして知られる、デイヴ・ジョーンズを起用したことです。それが、暗い映画に、少しのユーモアと温かさ、希望を灯してくれたのだと思います。

 どんなに過酷な現実であっても、人としての尊厳を失わず、身近にいる人を思いやる、ダニエルやケイティ親子に、僕たちは救われるのです。
 多くの人に観てもらいたい映画です。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/04/13