神戸吃音相談会の前回のつづきです。
 このようにまとめて、機関紙で報告してくださった、神戸スタタリングプロジェクトの伊藤照良会長に感謝します。
 

松本さん : 私も小学校の教員でした。異動になると、離任式があり、そして新しい学校にいきます。異動に際して大きな挨拶がいくつかあります。すごい難関です。
  離任式は、何とか言えた。先生たちへの挨拶は、やった! 着任式も、何とか言えた。
 それで、「お〜余裕やんか」と思いました。PTA総会で新しい教員の紹介があります。その時新任が4人いた。「僕やるわ」と調子に乗って引き受けました。ところがこれが、最大の難関でした。どんづまりで、これまでと雰囲気が違う。講堂に入った途端「やばい! 引き受けるんじゃなかった」と思いました。待っている間、声が出ないと思いました。原稿は用意していました。めちゃくちゃどもりました。「ま〜つもと」と初めからどもって、PTAたちはびっくりして、そして見てはいけないものを見てしまったように、一斉に下を向きました。そういう周りの反応は良く分かります。どもって、用意した原稿を全て読みきりました。時間がかかったけど、挨拶は済みました。終わってから体育館の外に出て、これで、俺はどもりの松本先生でいける。もう人に隠すことは何もない。好きなように仕事ができる。この時最大の解放感を感じました。一度大きな失敗をしてください。

伸二さん : 岐阜の養老に親友の村上さんという教員がいます。彼も離任式の挨拶が不安になり3カ月前から準備をしました。完壁な準備をして離任式に臨みましたが、どうしても、最初の一言が出てこない。その時、全校生徒の前で思わず出たことばが、ただ一言「ファイト!ファイト!」でした。後で、あの挨拶が一番良かったと周りの教員に言われました。その後、彼は、校長として教員生活を終えました。懐かしい思い出だと言っています。
 神戸のFさんの話です。養護教員の採用に、8人応募し3人が最終面接にこぎつけた。その時にFさんから相談がありました。2週間でなんとか面接を乗り切るようになりたいというのです。2週間でどもりが治るわけがない。どもりながらも、なぜ自分が養護教員になりたいかの思いを誠実に伝えればいいと言いました。彼女は自分の吃音について説明し、吃音に悩んできた人間だからこそ、このような養護教諭になりたいと面接のとき、話しました。全くどもらない2人が落ちて、かなりどもる彼女が採用されました。彼女はすごくどもります。インフルエンゾが流行し始め、全校生徒の前で説明をするとき、普段よりかなりどもりました。少し落ち込んで保健室に帰った。すると、数人の生徒がつれだって保健室に来て、「先生!落ち込むんじゃないよ、私たちは先生のこと好きだからね」と言いに来てくれました。人前ではどもって説明する、ある意味ではマイナスかもしれないけれど、普段の保健室での生徒との関わりは、とても丁寧に、誠実にしている。生徒たちは、そのことをしっかりと見ていて、敬愛していたのです。これが教育だと思うよね。

溝口さん : 私もどもりながら教師をしてきました。指導主事に難聴の方がいました。補聴器をつけています。教職員相手の研修の司会進行をその方がします。研修では講師の話が終わってから、進行役の指導主事が講演の内容をまとめる人がいますが、私はいつも大きなお世話だと思っていました。通り一遍の謝辞を言う人が多いからです。多くの進行役がありきたりの話をする中で、彼は自身の聞こえない体験を通して、講師の話を聞いての感想を話します。講師の話にマッチしていて、いつも心を打たれました。

伸二さん : Tさん、教育委員会でTにしかできないような、Tさんだからできる仕事をすればいい。あなたがどもることは誰も気にしていないと思いますよ。他人は、自分が気にしているほどは、他人のことなど気にしないものです。これは、たくさんのどもる人が「本当にそうだった」と、後になって振り返っています。どもりがテーマのドラマがありました。どもりのセールスマンの話です。どもることはみんな全然気にしていません。商品とどもることにどんな関係がありますか。この人、どもるからと商品を買わない、そんなことはない。

名村さん : 僕は、何か売りに来た時に流暢な人の話は信用しない。訥々と語るセールスマンなら信用できる。教育委員会で辛い場面もあるかと思いますが、その場で花を咲かせてください。

伸二さん : ジャッジメントとして、どもりはかわいそうな人という社会の評価があるかもしれません。世間の評価をあまりにもとり入れ過ぎてきた。厚労省は吃音を発達障害として、支援法の対象に入れました。どもる人の中には、障害者手帳をもらおうという動きがあります。そういう流れで政府や社会が吃音を評価し、評価を押しつけ、レッテルを貼ろうとしています。障害者手帳を手に入れたいという人は、個人の自由ですが、僕たちの仲間は考えられないと言っています。どもりは、どもりであって、それ以上でも以下でもない。紀元前のデモステネスの伝記にもあるように、由緒正しい、独特の一つの話し方をする人間としてかけがいのないものです。
 世間からのジャッジメントは返上して、自分の課題は自分でアセスメントしたい。僕たちは、自分で自分の吃音問題をチェックする。どもりは氷山のようなもので、水面に浮かんでいるのは吃音のごく一部で、水面下に沈んでいる大きな部分が、吃音の本当の問題だと、アメリカのジョゼフ・G・シーアンが吃音氷山説を提案しました。どもることが問題なのではなくて、どもりをネガティブに考えることから起こってくる、マイナスの影響、どもりを隠し、話すことから逃げる行動や、「どもっていると人からマイナスの評価を受ける」などと思い込んでしまいます。その結果としての、感情である不安・惨めな気持はコントロールできないけど、自分が行っている行動はコントロールできます。コントロールできることに対しては、自分の問題をチェックして課題に取り組む。
 大阪吃音教室ではチェックリストをみんなでやっています。とらわれ度・回避度・人間関係を、自分でチェックしています。去年と今年では結果が全然違います。一年来るたびに、吃音問題は減少しています。Tさん、今回僕に電話をかけてきて、この相談会に来たことを、あなたにとっていいターニングポイントにして、教師として、教育関係者として、どう生きるかを考えられるチャンスにして下されば、うれしいです。

 Tさんをめぐって、参加者の発言が相次ぎ、その後、どもる子どもの保護者の公開面接がありました。その報告は省略します。

神戸吃音相談会に参加して


Tさん : 公開面接で自分の事を中心に話をしていただき、改めて吃音に向き合う機会ができました。貴重な時間に感謝します。

Hさん : (Tさんの後、面接した保護者)
 公開面接をさせていただき、今まで一人で悩んでいたことをお話し、相談することができ感謝しております。本をよく読み、自分の意見をはっきり言えるならば、そのままいってくれればよいという伊藤さんの言葉を胸に、今後歩んでいきたいと思います。相談会の時より、娘は今吃音がひどくなっており、言えない言葉も出てきて言葉を発するとき体にも力が入るようになり、かなり心配です。昨日音読みを聞いていて言葉が言えず、ビックリしました。今までなかったので私も動揺しました。授業中にあてられたとき、答えが分かっているのにどうしても言葉が言えず「わかりません」と言ったり、「え〜っと」を20回くらい言ってしまうこともしばしばで先生がイラっとしていたこともあったと聞きました。これは波があるということなのかとも思っていますが、心配です。
 自分から「苦しい」とか「悲しい」とか言うことは全くなく、どう対応してあげればよいかも悩んでいますが、とにかく家族には話がいつまでも終わらないくらいどもっていても、話し続けるほど話好きなのできちんと話を聞いてあげて、学校のことでできることは先生にお願いしてみようと思います。西宮の吃音親子の集いの「あのねの広場」や神戸の「ほうーっと」にも参加したいと思います。参加させていただきありがとうございました。

渡辺さん : 今日は参加してよかったです。悩みのど真ん中にいる方々の真剣な姿が印象的でした。あれからHさんといろいろお話をしました。どもる子どもの保護者として、娘にどもりの女の子の友達が出来ると思うとホントに嬉しいです。

岡田さん : もうちょっと若い時に吃音教室に出会えたらとよく思います。Tさんは35歳で巡り合えたことは幸せなことだと思います。どもりとか関係なく、3ケ月も休養をもらえる職場はそうそうない。この場でがんばるしかない。私はまだどもりを知られたくない自分がいます。私はどもることはいやですが、どもってもいいやと思えるようになりました。もし自治会の役員になることがあってもどもります。

林さん : 普通に話せて、ソツなく何でも出来る人より、どもっても一生懸命がんばっている人の方が、説得力があるんですね。皆さんの前向きな発言に勇気をもらえました。

 『ほっと神戸No.368号』
  神戸スタタリングプロジェクト会報2016年6月15日発行

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/04/08