昨年の神戸の相談会の様子が、神戸スタタリングプロジェクトの会報「ほっと神戸」で報告されています。それを紹介します。

 『ほっと神戸No.368号』
      神戸スタタリングプロジェクト会報2016年6月15日発行


 吃音相談会
 ほっと神戸は吃音相談会を毎年開催しています。(阪神淡路大震災の年を除いて)。今回で33回になりました。今年も吃音の悩みの真っただ中の方々が参加され、二人が公開面接を受けられました。今月号は紙面の都合でお一人の方の面接の様子を報告します。

 伊藤伸二さん:
 今回の相談会は、これまでのような相談や質問に答えるという形ではなく、新しい試みとして公開インタビューを行いたいと思っています。公開なのでハードルが高いですが、それなりの疑問や課題を持っている方、インタビューさせて下さい。雑談ではないので、真剣に話し合います。できるだけ率直に話をしてください。

Tさん: (男性35歳 教育委員会勤務)教員をしています。吃音を意識したのは小学校5年の時に、劇の練習のときに言えなくなりました。親にそのことを相談したら「緊張したんちゃう?」と言われました。35歳の今まで、自分の吃音は分かっていましたが、吃音に向き合ってきていませんでした。

伸二さん : どもっているのに教師の仕事に就いたのは、どうしてですか。

Tさん : 子どもが好きで、教えるのが好きだからです。11年間小学校で教員をしてきました。

伸二さん : 何を教えるのが好きですか。

Tさん : 教えることで自分も学んでいます。これまでは子ども相手なので、吃音で困ったことはありませんでした。教育委員会に異動になり、大人である教師相手の研修会で困りました。一番困ることは、自分の名前が言えないことです。名前の最初の音の「た」が言えないのです。緊張して、上がっているのかなあと思い、人という字を手のひらに書いて、飲んだりしました。こんなことをいろいろ試しましたが、効き目はありません。
 これまで勤めていたのは小さな小学校で、クラスには3人位どもりやすい名前の子がいました。6年を担任すると卒業式があります。卒業証書授与の時に子どもの名前を呼びます。卒業式前夜は子どもの名前が言えるだろうかと不安で、眠れませんでした。自分の教え子だし、絶対に卒業式で名前を言わなあかんのです。逃げられないのです。朝6時に学校に行き、卒業式の用意が整った講堂で、名前を呼ぶ練習をしました。卒業式の本番は、どもると思った子どもの名前は、何とか言えました。でも、普段どもらない子の名前でどもりました。思い通りにいかないです。言いにくい名前が言え、安心した時にどもってしまいました。
 教育委員会に異動になり、業務が全く変わりました。業務対応の1回目で自分の名前が言えなくて、落ち込みました。それから自己紹介の時が不安でたまらなくなりました。電話で名前を言う時は、身を隠して同僚に吃音がばれないようにしていました。

伸二さん : しんどかったね。教員の時は、それなりに吃音と向き合ってきたのにね。教育委員会から元の教員に戻ろうとは思わなかったの。

Tさん : 悩みました。職場に行くのが怖くなり、朝、家を出ても、職場に行かずに、帰ったりもしました。朝、目が覚めても、もう少し寝よう、あと5分だけ寝ようと思うようになりました。だんだんその時間が延びてきました。がんばって家を出ても、途中の公園で座り込んでしまいました。行きたい、でも、やっぱりムリと思うことの繰り返しでした。家と公園の往復で汗びっしょりになっていました。
 教員相手の研修担当の当日は、今日だけはがんばって行こうと思いました。午後3時から研修が始まります。その日は朝から、業務が全く手につきません。そんな日に限って電話が多く、思いもかけない用事が入りました。研修が始まり、何とか自己紹介の名前は言えましたが、途中でことばが出ないと感じ、用意していた原稿の1行を飛ばしました。それから言えない時は5行飛ばしたりしました。受講されている先生方も、急な話の展開になり、「えっ!」と驚いた表情をしていました。今更元に戻ることもできず、構わずに進めました。その間は、頭の中が真っ白になってしまい、文字が歪んで見えました。
 なんとか1時間の研修を終えました。終わってから、締めの挨拶もそこそこに、外に飛び出しました。受講生の中には知り合いの先生もいましたが、顔を会わせるのも、挨拶するのもいやで、隠れてうずくまってしまいました。家に帰ったら、「明日は休んだら」と母親が言ってくれました。
 教育委員会に勤務し始めてからの2週間の挨拶回りがとてもしんどくて、どんどん食欲がなくなりました。研修担当の日のようなことは、今までにありませんでした。自分自身が追い詰められました。これまではどもっても、「まあ、え〜か」と前向きに過ごしてきましたが、今回は「マズイ」と思いました。一日休んで、次の日は行くのが怖くなり、心療内科に行きました。そこで3か月の診断書が出ました。休みたかったから、しめたと思い、ちょっと安心しました。上司が、家の近くの公園に来てくれました。上司に吃音のことや、思いを全部言いました。上司も分かってくれました。「吃音を知らなかった。ごめんな。大丈夫か」と言われました。それが救いです。

伸二さん : それがどんな流れで僕と会うことになったのですか?

Tさん : 母がネットで調べてくれて、母が伊藤さんに電話してくれました。母は私が吃音の事で悩み、落ち込んでいると知って調べてくれたのです。家に帰って母から聞いて、すぐに僕が伊藤さんに電話しました。

伸二さん : その時に僕は、あなたにぼろくそに言ったよね。

Tさん : 結構きつくて、情けないなあと思いました。

伸二さん : 自分でSOSを発して、自分の身を守ったわけだ。自分の身を守るってなかなかできないことですよ。

Tさん : 3か月休職することになり、挫折を自分で受け入れられました。原因が吃音なので、吃音を自分で真剣に考えました。吃音で失敗した事が頭に残っています。

伸二さん : あなたには、何に、どう取り組めばいいか分からない人に比べて、吃音という明確なテーマがあります。吃音に向き合えば、何とかなるという展望が開けます。電話で紹介した大阪吃音教室に、あなたがすぐに来ていたのを見てびっくりした。本当に会えてうれしかった。

Tさん : 大阪吃音教室に参加して、いろんな方がいて、いろんな考えを話されているのを聞きました。気持ちがよく分かるし、また行こうと思いました。

伸二さん : あなたが、今日の神戸の吃音相談会に参加するとは思わなかった。

Tさん : 自分のためにも、参加しようと思いました。

伸二さん : あの日たまたま大阪の吃音教室で、前に立って講義をしていた人は、ずっと引きこもっていた青年です。高1の時だけ学校に行って、それからどうしても行けなくなり、家で引きこもっていました。大阪吃音教室に毎週参加するようになり、1年でずいぶん変わりました。そして、あの日は自分から申し出て、進行をしていました。僕たちの仲間の通信制の高校の教師に勧められて、彼は再び高校に行き直しました。その通信制の高校の先生が右の方に座っていました。生徒が先生を当てていましたね。こんなことってなかなかないですよね。彼はまだ大阪吃音教室に入って間がないのに、みんなの前に立って進行していました。人間とは本当に変われるものです。ひとりの高校生が変わったことを話しましたが、今後の事で何か僕に聞きたいことはありますか。

Tさん : 吃音は治るものと思って、吃音を受け入れてきませんでした。呼吸練習をすれば治るとか、半年で治る本とか、いろんな吃音矯正のプログラムがネットにあります。吃音は治るものと思っていました。3か月仕事は休むので、この先どうなるのかが心配です。

伸二さん : どんなことが起こると思いますか? ネガティブな面ではどんなことが起こると想像しますか?

Tさん : どもってしまう不安がある。吃音症状は軽快したり、悪くなったりして波がある。また、職場に戻って、研修担当の時を想像すると不安になる。

伸二さん : プラスの影響を考えてみませんか? 上司以外で周りの人はあなたの吃音を知っていますか? 職場は何人くらいですか。

Tさん : 20人ぐらいです。

伸二さん : これは僕の根拠のない想像だけど、ネガティブなことは何一つ起こらないと思いますよ。だけど、それには条件がある。休職中の3か月で、あなたが僕の書いた本を全部読破して、それなりのレポートを書くことができたら、どもりとの向き合い方をマスターしたことになります。それが本当にできたら、ぱっと道が開けると思います。
 ところで、教育委員会を辞めて教員になるのは可能ですか?

Tさん : 難しいです。

伸二さん : 教育には教えるマシンはいりません。あなたは挫折と思っているようですが、挫折は人を成長させます。あなたはこれから別人28号になって、どもりのTとして、職場に戻らなければならない。どもって当たり前で、どもる人間として、生きていけば怖いものはない。僕は大学で講義をしたり、講演をしたりする時でも、どもって当たり前と思っているので、「どもるかもしれない」なんて不安はない。どもることが自然で、どもっても困ることがない。どもりという問題を、処理しきれない人間が教育の世界に戻ってはだめだと僕は思います。基本的にはどもりを認めて、「〇〇教育委員会にどもりのTあり」と認めてもらうことです。それが周りの人を勇気づけます。「並み」の人間にならんでもいいでしょう。せっかくどもりというものを与えられています。この苦しみは今後大きな力になる。別人28号になって、あなたは尊敬される教育者になれるのです。
 今日のキーワードは楽しさです。僕は夢をよく見て、かなり覚えているほうですが、今朝夢を見ました。鮮明に覚えています。600人くらいの前で、谷川俊太郎さんと公開対談したときの場面でした。谷川俊太郎さんが、今の伊藤さんの思いを一文字で書いてくれませんかと言いました。僕が思いついたのが「楽」という字です。
 僕はもうすぐ72歳になります。僕は21歳の夏からガラッと変わった。人間は変われるものです。もちろん苦しい時も必要です。でも基本的には楽です。あなたはまたもとの苦悩の人生に戻るかどうかの境目にきています。どもりを認めること。それにつきます。自分のどもりを認めると本当に怖いものがなくなる。自分の弱点を認めて、さらけだして、人前でその弱点を語ることができる。今の教師は疲弊して疲れています。今、学校を辞めたいという教師が山ほどいます。せっかく難しい教員採用試験に合格して教師になったのに、半年でやめてしまう教師が何人もいます。教育現場には絵に描いたような立派な教師はいらないんです。自分の弱さを見せながら、しなやかに生きているその姿を見せる。それは人に大きな勇気を与える。あなたがこれから研修する教員にも勇気を与えます。弱さを認め、しんどいことがあっても、誠実に生きていくと、だんだん楽になっていきますよ。そして生きていくのが楽しいですよ。

Tさん : 心が、何か、ほっとした感じがします。

伸二さん : 時々苦しいけど、基本的には楽しい人生を生きませんか。

Tさん : すごくほっとした。重石がストンと落ちた感じです。

伸二さん : 今のあなたは、何でこんなに苦しまないかんと思うし、しんどいやろうと思います。だけど、今、真剣に自分と、吃音とに向き合わないと、人間は変わらない。追い詰められないと変わらないけれど、今のあなたは3か月の休職に追い込まれています。でも、本当は変わらない方が楽なんですよ。人は変わることに抵抗がある。困り、悩んでいてもこれまでの慣れた生き方ですから。今、あなたが、本当に落ち込んでいるのなら、やっと人は変われる。3か月休んで気力を取り戻してという安易な気持ちでは、変わるのは難しいかもしれませんが。

                                                            つづく

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/04/06