相手への敬意

 ナラティヴ・アプローチの創設者のひとり、デイヴィッド・エプストンさんが初来日し、2日間のワークショップに参加してきました。ナラティヴ・アプローチの理論や技法よりも、デイヴィッドその人自身を直接肌で感じたい、これが僕の一番の目的でした。それを見事に感じ取れた2日間でした。

 僕自身がこれまで何度もワークショップを主催してきましたので、主催者のご苦労はよくわかります。このワークショップを企画・主催し、日本の私たちに向けて、ワークショップをどう展開すればいいかと、事前に細やかな打ち合わせをして準備し、当日、誠実な運営をして下さった関係者のみなさんに感謝します。

 僕はナラティヴ・アプローチに関する本は、何冊か読んでいます。その中で、いつまでも残り続けていることがありました。何冊も本を読んでいるので、どの本に書いてあったか記憶がなかったのですが、「相手への尊重・敬意」です。その人をその人の人生の専門家として尊重し、無知の姿勢で相手に向き合うという、ナラティヴ・アプローチの基本姿勢です。ワークショップが始まってすぐに、デイヴィッドが、他の心理療法とは違う、「相手への尊重・敬意」を実践している人なのだということが、ひしひしと伝わってきました。そして、2日間で、それがさらに深まり、デイヴィッドの人柄に触れることができたいい機会でした。

 相手を尊重するとは、対人援助の仕事に関わる人なら誰しもが言うことでしょう。相手を尊重する立場で向き合うことは、当然のことだとも人は言うでしょう。しかし、それが形ばかりになっていてはいけないとの、デイヴィッドやマイケル・ホワイトの強い思いがあるのでしょう。デイヴィッドは、マイケルとの思い出を話してくれました。
 あるとき、ホワイトが何かに気づいたように黙りこんで、しばらくして、こう言ったそうです。「私たちが相手に対して尊重的であるかが大事なのではなく、相手が自分が尊重してもらっていると、体感していることの方が大事なのだ」と。

 このことばで、デイヴィッドが、面接の後、相手に手紙を書くことの意味がさらに分かりました。手紙は、クライエントにとって、面接の確認の記録でもあるのですが、その内容が相手への敬意にあふれているのです。その手紙の内容が、ワークショップの資料として配付されました。それを読めば、クライエントは、自分がいかに尊重され、敬意をもって向き合ってもらっているかがわかるでしょう。デイヴィッドはメモさえ丁寧にとっていれば、手紙は30分ほどで書き上げることができると言いました。しかし、よほど相手への敬意、尊重がなければ、書けるものではありません。しっかり聞いて、メモをとり、それをもとに手紙を書くとき、デイヴィッドは、もう一度、クライエントと誠実に向き合っているのです。

 僕は、2日間のワークショップの間で、これまで出会ったいろんな人のことが、ぽっぽっと浮かび上がってきました。デイヴィッドのように手紙を書けばよかったと思える出会いもいくつもありました。でも、当時は、手紙を書くようなことは思いもしませんでした。せっかくナラティヴ・アプローチと出会えたのですから、これからは、手紙を書くことは実践していこうと思います。

 さて、どの本に、「相手への尊重・敬意」について印象深く書いてあったか、自宅に戻り、書棚からいくつかの本を見たのですが、分かりません。国重浩一さんの本にも書いてあったような気がして、調べてみるとありました。僕が読んだのは、モーガンの本でした。
 
 「ナラティヴ・セラピーとは何か?」の質問に、アリス・モーガンは、「ナラティヴ・セラピーは、カウンセリングやコミュニティワークの中で、敬意を示し、非難しないアプローチを実践し、それによって人々をその人生の専門家として中心に据えていくのだ」と述べている。ウェンディ・ドルーリィとジョン・ウィンズレイドは、「ナラティヴ・アプローチの実践とは、相手に敬意を払いつつカウンセリングをしていくことである。カウンセリングの過程でクライアントの持つ力を弱めることなく、クライアントの人生の構築を促進するということである」としている。
 『ナラティヴ・セラピーの会話術』(金子書房)

 その後のワークショップの中での、インタビューのライブを通しても、「相手に敬意を払う」とはどういうことかが、私なりに理解できました。今回のワークショップの最大の収穫でした。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/04/01

エプトソン