どもる自分とのつきあい

 H・Mさんの小学校の時の作文を前回紹介しました。今回は、中学生になってからです。
  しっかりと自分を見ている。その鋭さに脱帽します。吃音と共に生きると覚悟はできても、まっすぐ直線的に変化していくわけではありません。曲がりながら、そして時に後ずさりしながら、それでも自分らしくありたいと願ってすすんでいくものです。
 表面的な、急激な変化ではなく、心から納得したいと、確かな歩みを始めた彼の顔は、当時の僕たちにとって、清々しく感じられました。


<中学1年生> 
 ぼくは、小学校の2年生の時、自己紹介で吃って笑われてとても悲しかった。そのときは、周りの子も吃音のことをよく知らず、ぼく自身も吃らないようにと気をつけていた。でも、それが自分をきんちょうさせて、よけいに吃ってしまうことになった。吃るのがいやで一生懸命隠そうとしていた。
 3、4年生の時には、担任の先生がどもりのことをみんなに話してくれて、今までの友だちとも話しやすくなった。でも、違うクラスの子で  「50音全部つまらんと言ってみ!」とからかってくる子もいた。
 5、6年生になると、何があったか分からないけれど、からかってくる子もいなくなった。
 中学に入学し、さっそく自己紹介があった。少しは吃ったけれど、わらわれはしなかった。すぐに友だちもできて、仲良くなれた。新しい友だちはどもりのことを知らないと思うけれど、自然に分かってくれたのか、ぼくが話し終わるまで待っていてくれる。でも、授業中に発表することはできない。中学になってから先生も変わったし、やっぱり吃っているときのみんなの反応が気になる。
 小学校6年生の時のサマーキャンプで書いた作文に、「どもりを隠そうとしている自分が悪い」と書いたと思うけれど、やっぱり口で言うほどそう簡単なことではなかったことを実感した。今から考え方を変えるといって急には変われない。誰でも吃ることとスラスラ話せるのでは、スラスラ話せる方がいいと思う。
 これから少しずつ何年かかるかは分からないけれど、どもりということを、ぼくの一つの個性として受け止めたいと思う。

 −−−やはり、彼は、昨年書いた作文のことを憶えていた。そして、考え方を変えることはそんなに簡単にはいかないものだと言っている。そのとおりだと思う。
 サマーキャンプは、1年間のうちで、たった3日間で、残りの362日は、子どもたちにとって厳しいことも待っている現実の生活だ。その日常生活で、いかにして吃っている自分と折り合いをつけ、吃りながらも自分らしく生きていくことができるか。迷いながら、悩みながら、ときに立ち止まりながらの毎日であることは、ある意味、当然のことだと思う。
 そして、中学2年生になった彼は、今年もサマーキャンプに参加した。
 その顔はすっきりとしていた。ふっきれたのかと思った。突き破ったなという感じがした。
 そして、書いた作文が次のものである。−−−
 

<中学2年生>  表向きと心から
           
 ぼくは、幼稚園のときからどもっていて、その時はお姉ちゃんもお兄ちゃんもどもっていたそうです。でも、お姉ちゃんもお兄ちゃんも小学生ぐらいになるとどもりがなおりました。お母さんも、ぼくが小学生になったらなおると思っていたみたいで、ぼくもいつかなおると思っていました。
 しかし小学校に入って、しばらくたっても僕だけなおりません。そして総合医療センターに行きました。そこでも、なおると言われ、2年間通いました。
 そしてお母さんがたまたまみつけてきた、吃音教室に行き、そこで初めて「吃音は治らない」ということばを聞きました。今まで家でもなおると信じ、病院でさえなおると言っていたのが一気に崩れていくような感じでした。
 吃音教室での目的は、どもりとうまくつき合うということでした。小学5、6年ぐらいのときに、もうどもりでもいい、とか、そんなことを言った覚えがあるけれど、それでも心のどこかに、どもりはいやという気持ちがあったと思う。
 どもりでもいいやと言ったのは、ただの自分の自分に対する思い込みだったと思う。今まで何年間もなおると信じていて、そんな1、2年で考えを正反対にすることはできないと思う。それを一気に強引に変えようとしたから、表だけになってしまったと思う。
 ゆっくりでもいいからどもりと向き合って、心から納得できるようになりたい。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2014/04/06