楽しい語らい

 6月に参加したオランダで開かれた、第10回吃音世界大会。1986年に僕が大会会長にとして京都で開いた第一回世界大会が10回目という節目。僕も基調講演をしましたが、7人の講演者の中の一人が、ミッチェルさん。
 ミッチェルさんが、講演が終わった後の夕食の時、僕たちに話しかけてくれました。

 「こんばんは、変な日本語の人です。私は、シンジさんの基調講演の要約を読んで、とても共感しました。是非話したいと探していました。話をしてもいいですか」

 オランダ大会の目玉であり、誰もが話したい人気者です。その人が、わざわざ私たちを探して話しかけてくれたのです。みんな大喜びです。しばらく話していたら、レストランが掃除のために席を離れてほしいといいに来ました。そこで、場所を変えて、本格的な話し合いが実現しました。

 みなさんは大阪ですか、なるほどみなさんには関西ぽい雰囲気があります。私は広島で英語の教師として働いていました。妻は日本人です。ところで、どうしてシンジさんはこんな仕事をしているのですか」

 僕にとっても興味をもってくださり、いろいろと質問もしてくださり、私たちからの質問にも丁寧に答えてくださいました。久しぶりに日本語で話すことがうれしいのか、時々通訳の進士和恵さんの手助けをうけながら、ほとんど日本語で90分ほどの楽しい語らいがあっという間に過ぎました。人気者を僕たちが独占しているのも申し訳なくて、まだまだ話したいことはありましたが、お別れしました。その時、日本吃音臨床研究会のニュースレター「スタタリングナウ」(年間購読費5000円)にメッセージを書いていただけないかとお願いしました。世界的な小説家に対する厚かましいお願いを快く「いいですよ、必ず書いて送ります」と言ってくださいました。そして、3か月後、やくそく通り、ご自分と吃音との関わりを書いたメッセージを送って下さいました。

 それは、「スタタリングナウ」の10月号に、ある新聞に書いた吃音についての記事とともに紹介しました。考え方、吃音に対する向き合い方がほとんど同じだつたことが、不思議であり、うれしくもありました。
 その時の印象に残った話をひとつ、次回紹介します。

◇デイヴィッド・ミッチェル(英国)さん略歴◇
 デイヴィッド・ミッチェル(1969〜)は、今世界で最も注目されている小説家のひとり。代表作『クラウド・アトラス』(2004年)は、ブッカー賞にノミネートされ、ミリオンセラーとなった。1993年から8年間、広島に住み、英語を教えるかたわら、『Ghostwritten』 (1999年)や『ナンバー9ドリーム 』(2001)を執筆。その後、アイルランドに移り住み、2006年に『Black Swan Green』が出版された。これはミッチェルの自叙伝的な作品であり、自らのどもりを主人公である13歳の少年に託している。イギリスの言語療法の教育課程で教材として広く使われている。上記の記事は、イギリスのオブザーバー紙とオランダ人文科学・社会科学研究所の機関紙36号に同時掲載されたものである。ミッチェルがいかにどもりと向き合い、折り合いをつけて行ったかが克明に書き記されている。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2013/12/27