人それぞれの体験

 ワークショップはまず、自己紹介から始まりました。普段はこのような自己紹介なしに本題に入っていくのですが、
なんとなく、自己紹介をしてもらおうと思ってのでした。1時間以上かかりましたが、ひとりひとりの人生に、すこしですが出会ってことになりました。

 3年前に参加した人がまず口火を切りました。看護師をしている女性で、これまで「吃音を治さなければ」と思い詰めとても生活がつらくしんどくなって参加したのです。その時のワークショップも、いろんなことがあって、ブログにも書いたと思うのですが、とても印象深いものでした。その時のお話を聞いて、鮮やかに3年前のワークショップが思い出されました。
 「吃音を治さなければいけない」。長くどもり続けて、実際に治っていないものに、そう考えてしまうのは、なんとつらいことでしょう。3年前彼女は泣きながらその苦しさを話していたのですが、今回、もちろん涙はありませんし、はれやかな感じがしました。その時、「吃音はその人の精神力が弱いとか、治す努力を怠っているから」などというものではなく、「治らない、治せない」ものだとわかって、すごく楽になったというのです。

 「治らない、治せない」と言うのは、どもる人にとって残酷なことだと考えている臨床家はすくなくありません。しかし、そうはっきり言われて「治さなくてもいいんだ、このままでいいんだ」と思えて楽になったという人は、私の経験では、シヨックをうけて絶望する人よりもはるかに多いのです。

 簡単な努力で治るものなら、「治ります、一緒にがんばりましょう」もあり得るのですが、吃音のように、どんなに一所懸命努力しても治らないものに、「治る、治せる」の方が実ははるかに残酷なことです。インターネットなどでは、「治る、治せる」と実体験をもとにして言う人もいるようですが、仮にその人が治ったとしても、同じような努力をしたからと言って他の人が治るというものではありません。「治さなければ」と思いながら、どうしたらいいか分からなかった彼女にとって、はっきりと「治せない、治らない」と言われたことが、とても大きな意味をもったようです。

 職場でも、夫にも吃音について話したことで楽になったのか、以前よりはあまりどもらなくなったと報告してくれました。今回の参加にあたって、娘さんにも話して「いろんな人と出会えるのはいいね」と言われて出てきたとうれしそうに話して下さいました。3年前に大きな転機になったのですが、また、次回も参加して、この気持ちを持続していただければと思いました。うれしい再会でした。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2013/01/23