吃音と卒業式

 吃音ワークショップに参加した人たちは、ほとんどの人がこのブログを読んで下さっていました。この報告も読んで下さると思いますが、不思議なことがありました。

  自己紹介の時です。吃音の悩みを妻に話したとき、30分ほど泣き続けたとひとりの教師が話しました。あたかも、自分が決心して妻に話したかのような口ぶりです。

 「おいおい、それはないだろう。その前段があるだろう」と私は7年前のことを話しました。

 直接に顔を合わせるのは初めてだけれど、実は7年前に彼とは出会っているのです。7年前、彼は、初めての卒業式を前に、子どもの名前を言えないのではないかという不安におしつぶされそうになって、電話をかけてきました。なんとか、子どもの名前が言えるように治したい言うのです。

 同じような経験をした教師の体験談をおくるから、それを読んでもらってから、相談に乗ろうと、住所を教えて欲しいと言うと、とても悩みながら、困りながら、送らないで欲しいと言います。
 日本吃音臨床研究会の封筒で送られたら、自分が吃音であること、吃音に悩んでいることが妻にバレルから嫌だというのです。
 これから、教師を続けるつもりなら、今逃げてはだめだ、一歩踏み出せとすすめ、しぶしぶ、住所を教え、教師の卒業式の体験文を送りました。

 当然、吃音で悩んでいることを妻に話さなければなりません。それが自己紹介の時の、妻に吃音の悩みを話したときの体験です。その時、妻に話して良かったと泣きながら電話を私にかけてきているのです。その連れ合いとも話しましたから、とてもよく覚えています。私はたくさんの相談に乗っていますので、多くは忘れます。しかし、相談した当人はよく覚えているものです。今回はその正反対でした。

 妻に話すきっかけになった、私との電話のやりとりを忘れているのです。もちろん、その後日本吃音臨床研究会の会員になっていのすので、私に電話して世話になったことは覚えているのですが、どんな経過で今あるかはすっかり忘れていたのです。

 私は、彼との体験が鮮烈だったので、講演や講義で必要な時に時々彼の話をします。なんだ、それでは私の話がねつ造になってしまうじゃないかと、苦笑いしながら、私が鮮明に覚えていることを話しました。
 卒業式が終わって、無事終わりましたと電話で報告をしてくれ、「妻に代わります」とお連れ合いとも話しました。だから、私はその彼のことをよく覚えています

 「そうでした。そうでした。今、はっきりと思い出しました」

 そんなことがあるのですね。私が鮮明に覚えているのに、当人はまだらな記憶しか残っていない。人間は都合のいいところは覚えていても、忘れるものは忘れるものですね。それにしても、不思議ですが、それが彼のキャラクターなのでしょう。彼が参加していたおかげで、吃音ワークショップはずいぶん盛り上がり、深まったのですから。

 彼が忘れていた卒業式のサバイバルの話は次回に。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2013/01/20