P1010676
P1010675
P1010674
P1010672
P1010668
P1010665
P1010656


 実践発表・シンポジウム


 講習会2日目、昨日を共に過ごしたということもあってか、緊張感が和らぎ、和やかな雰囲気で始まりました。
 午前の部は、シンポジウム。

 シンポジウムと名前はついていますが、従来のものとは変えたいと思っていました。シンポジストがそれぞれ自分の思いを語り、後はシンポジストたちがお互いの意見を交換し合い、新しい何かをみつけていくのが本来の姿だと思うのですが、そんな形のシンポジウムに出会ったがありません。
 いつも、シンポジストたちは、それぞれ自分の想いを一方的に語り、混じり合うことなく意見表明で終わってしまうことが私の経験からは多かったからです。
 
 「今回は、資料集に実践が詳しく書かれています。それらは後日しっかりと読んでもらえば、発表者の実践はよくわかります。それを口頭で発表するのは時間がもったいないと思いました。そこで、その実践をふまえつつ、吃音の臨床にとって、ナラティヴ(語り・物語)の大切さを話してもらうことにしました。
 当日に発表者と相談したために、戸惑いがあっただろうと思います。シンポジストの一人の持ち時間や順番などは決めず、発言したいと思ったら、手を挙げて発言します。話の流れで、発言しないシンポジストも出てくるかもしれませんし、どこへ行き着くかも誰にも分かりません。まるで、ミステリーツアーのようです。参加者たちにもそのミステリーツアーに同行してもらうことにしました。また、当日の朝、その日のノリで、「笑点」の大喜利のようだということにもなりました。ミステリーツアーと大喜利のようなシンポジウム、想像してみて下さい」

シンポジウムは、私のこんな発言から始まりました。私たちが伝えたい、ただ一点は、吃音を否定しないで、幸せに豊かに生きることを大切にしたい、ということです。どもりながら、今、もっているそのままの力、手持ちの力で生きていることは事実。どもって生きているという事実は変えようがない。ならば、不本意に生きるか、覚悟を決め納得して生きるかの違いだけ。そこに役立つのが、ナラティヴ・アプローチだと思います。

 ナラティヴ・アプローチでは、人と問題を分けると言います。ナラティヴアプローチは、1990年代に入ってからですが、これより20年も前にシーアンは、氷山説を出し、人と問題ではないのですが、吃音と吃音問題を分けろと言い、水面下にアプローチする必要性を提案しています。
 また、ナラティヴ・アプローチでは、外在化ということを言いますが、これについても、ジョンソンは、言語関係図を用いて、自分の問題を見えるものにしています。

 問題のストーリーをどう聞いていくか、外在化について、考えていること、実践していること、など、自由に出してもらいました。シンポジストは、次の人たちです。
 高木浩明(栃木)渡邉美穂(千葉)佐藤雅次(群馬)坂本英樹(大阪・保護者)東野晃之(大阪・当事者)溝上茂樹(鹿児島)奥村寿英(愛知)
 
 保護者と当事者を除いて発言者は、長年ことばの教室で実践してきた人たちです。本当に自由に、自分の想いを、実践を、考えていることを、手を挙げて発言していきました。その姿が、誇らしげに見えました。詳しくは日本吃音臨床研究会の年報としての報告集で報告しようと思います。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2012/08/28