ここにも仲間がいた 


 2009年10月17・18日と、群馬県前橋市にある「国立赤城青少年交流の家で、第一回の「吃音キャンプ IN GUNMA」が開かれました。第一回とわざわざ銘打ったのは、これからも継続していきたいとの意思表示でしょう。これで、私がかかわらせていただいた吃音キャンプは、島根県、静岡県、岡山県に次ぐものとなります。一回だけのキャンプは、山口県でも行われました。どもる子ども達、保護者、その子どもを担当することばの教室の担当者と会うことが大好きな私にとって、とてもうれしいことでした。

 どもる親子の参加は、主催者側の予想を下回り、25名、スタッフのことばの教室の教師が16名と、こじんまりとしたキャンプでしたが、キャンプに組み込まれ、子ども達が遊ぶプログラムと平行してもたれた、保護者、担当者向けの講演会には、会場が町の中心部からかなり離れているにもかかわらず、80人を越える人が集まってくれました。特別仕立てで講演会の開催に頑張ってくれたようです。キャンプには参加できない、保護者や、ことばの教室の教師が大勢参加してくれたことになります。
 
 2時間の講演、どのような切り口で話すか、いつもは悩むのですが、今回は、吃音ショートコースでアドラー心理学を学んだことでもあり、エリクソンのライフサイクル論で私の体験を整理して話し、いかに私が吃音に劣等感をもち、吃音を言い訳にし、口実にして人生の課題から逃げてきたか。高校一年の卓球部を退部した話から、逃げの人生を歩んだことを話しました。劣等性、劣等感、劣等コンプレックスの違いに触れて、私の逃げの人生が、アドラー心理学で言う、劣等コンプレックスなのだと話しました。さらに、今回の話のテーマがどもる子どもの幸せにつながる支援でしたから、幸せを阻むものについて話しました。エリクソンの発達課題である、劣等感にまさる勤勉性を身につけるには、また、劣等コンブレックスにならないようにするためには、共同体感覚の育成が大事だと話しました。
 
 話をしていて、いつもそうなのですが、エリクソンのライフサイクル論、アドラーの劣等コンプレックス、共同体感覚の育成について、アメリカ言語病理学の説明や心理学の解説ではなく、全て自分の体験を通して話すことができるのは、21歳までは吃音に深刻に悩み、21歳の夏からは、吃音に真剣に向き合い、幸せに生きる道を探ってきたからだと思うと、自分の吃音人生が、とてもありがたいことのように思えるのです。吃音について整理し、考え、考え抜いてきたおかげだと、一時、大学の研究者として生きた時代があったことを嬉しく思いました。
 いつもは、参加者の質問を中心に話を組み立てることが多いのですが、群馬の人達とは初めてなので、ときどき参加者を指名し、質問をなげかけることは、したものの、2時間のほとんど話し切りました。みんな真剣に聞いてくれました。
 
 また、多分、半分以上は売れ残るだろうと覚悟しながら、「どもる君へ、いま伝えたいこと」の本が100冊以上入る大きなダンボールに、書籍をいっぱい詰め込んで送りました。しかし、予想に大きく反して、講演が終わると、書籍コーナーに人が集まり、「どもりと向き合う一問一答」の5冊を残して、完売でした。売り切れが続出し、買えずに残念がっていた人が何人もいたのには、本当にびっくりしました。これは、珍しいことです。新しい所へは行くものですね。

 かといって、「どもる君へ、いま伝えたいこと」の本が浸透していなかったわけではありませんでした。ことばの教室の教師が、20冊、10冊と買って下さっていたことが分かりました。また、「どもる君へ いま伝えたいこと」の本を、ことばの教室で読み合わせをしているという人、どもりカルタがおもしろかったという教師も何人もいて、うれしいことでした。一年と立たずに、第3版までいった訳が分かりました。

 夜の懇親会でも、話が弾もました。群馬の地に、私たちと同じように考えて、実践している人が多くいることが分かって、とてもうれしかったです。
 2001年、島根県で開かれた全難言大会で、吃音分科会の発表をした人が、スタッフとして参加しており、島根で私と出会って、大きく変わったとみんなの前で話してくれました。
 私たちと同じように吃音をとらえ、実践している人が多いことに驚かされました。 このような出会いを作って下さった、このキャンプの言い出しっぺに心から感謝をしているのです。そして、それをチームワークよく取り組んだ、ことばの教室の教師たちに、感謝をしているのです。
 全国に予想以上に仲間がいるのではないかと思えました。

  2009年10月19日 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二