私は、3歳から吃り始めたようなので、この吃音ワークブックには、吃り始めてからの63年の歴史が反映されています。人一倍吃音に悩み、人生に大きな影響を受けたから、たくさんの失敗、悔しい思いをしてきたから、後に続く吃る子どもや、吃る人に、私の人生を伝えたい。そこから、何かを掴んでもらえればうれしい。
 執筆にかかって1年、常に自分の人生に向き合いながら、書いてきました。15名の仲間に支えられながら、励まされながら、思い残すことなく、誰にも遠慮することなく、私の真実の叫びを書ききったという満足感があります。
 「はじめに」に書いた文章を紹介します。



              はじめに


 「吃音は、治療法がないから、どう指導したらいいのか分からない」
 「アメリカのスピーチセラピストの96パーセントが吃音に苦手意識をもっている」
 このように言われるのは、「治りたい」「治したい」との吃る人本人や親の切実な願いがあるからなのだろうが、臨床家も「吃音を治す、改善する」にこだわるからだろう。
 吃音は、「治すべきか、受け入れるべきか」の議論は、本来、治せる時代がきて成り立つことだ。風邪のように治せる時代がきても、「そのままでいい」と言う人は少ないだろう。ところが、吃音は、100年以上の治療の歴史がありながら、治せないでいる。
 アメリカ最新の統合的アプローチ、「ゆっくり、そっと、やわらかく」の流暢性促進法も、身につけ生活に生かすのが難しいことは、長年の論争の歴史や、セラピストの苦手意識が物語っている。この現実があるにもかかわらず、治すにこだわるのは、治ったという人、治ったかのような状態になる人がいるからだろう。しかしそれは、治療の結果ではなく、自然な変化によるものがほとんどだ、との認識が持てないからだろう。
 私も仕事柄、人前ではあまり吃らなくなった。テレビの前では吃らないが、普段は吃ると、自分を「吃音キャスター」と言うアナウンサーがいる。吃ってセリフが言えず、2日間、映画の撮影がストップする経験をしても、「どもりでよかった」と言う女優がいる。 人生を精一杯生きる中で吃音は変わる。吃音を受けとめる教師や友だちとの学校生活の中で、自分を率直に表現し、吃音が変わっていった子どもを私はたくさん見てきた。この、生活に出ていくのを阻むひとつが、「吃音は治る、治せるはずだ」の考えだ。
 私は21歳の時、初恋の人や吃る仲間と出会い、チャールズ・ヴァン・ライパー博士は30歳の時、老人と出会い、スキャットマン・ジョンは50歳の時、CDで吃音を公表して、「吃ってもまあいいか」と、吃る事実を認める「ゼロの地点」に立つことができた。それまでは、3人とも、人生の課題から逃げ、多くのものを失う苦悩の人生だった。
 吃音は、この地点に立つまでが難しい。それまでが、吃音臨床だと私は考えている。  この本は、ルポルタージュ(現地報告)の一種だと思う。ルポとは、「何々であるべきだ」がないものだ。世界の吃音臨床の報告であり、吃る人の人生、実践の事実の報告だ。 「吃音を治す、改善する」にこだわるアメリカに比べ、子どもの生きる力を育てようとする日本の臨床は、素晴らしい。「アメリカのセラピストのように、勉強し、治療技術を磨くべきだ」などと、批判されてもひるむことはない。親や臨床家は、これまでを肯定した上で、これもできると、少しレパートリーを増やしていただければうれしい。 人間、悩みのない人はいないだろう。誰もが、弱い部分や悩みや劣等感などのテーマを持って生きている。その人間が、吃音をテーマに生きる子どもと、どう生きるかを考えれば、親、教師、言語聴覚士が、子どもと一緒に取り組むことはたくさんある。
 子どもを主人公に考え、子どもと共に歩む仲間が増えることが、私の願いだ。