吃音氷山説で、自分のどもりを分析する <感情>

 大阪吃音教室の定番の講座が、「自分のどもりの課題を分析する」です。言語訓練が吃音にとって効果がないことを認識している僕たちは、効果がないものをいつまでも追い求めるのではなく、効果があることに取り組もうとの現実路線をとっています。
 それは、自分自身がとっている行動、思考を変えることです。論理療法や認知行動療法を活用して、「思考、行動」に取り組みます。思考、行動は本人が決意しさえすれば比較的変えることはできるのですが、最後に残るのが「感情」です。そして、吃音の最大のテーマは「吃音の予期不安」「どもる場面の恐怖」です。これは自然に沸いてくるものであり、変えるといっても、なかなかやっかいです。
 ここで登場するのが、日本の唯一の、日本発の精神療法「森田療法」です。「どもる不安や恐怖があっても、しなければならないこと、したいことは思い切ってする」です。その行動の結果として、「感情」が和らぎます。
 1965年に僕は、「森田療法」を知らないままに、不安があっても、恐れがあっても、不安の入り込む前に行動し、行動中心の生活をしていたら、不安はまずなくなりました。そして、どもった後の恥ずかしさや惨めさも、回を重ねるごとに、場に慣れてきたのでしょうか、和らいでいきました。
 「森田療法」についてはまた書きますが、今回の大阪吃音教室では、吃音を否定的に捉えていたら、「感情」の面でどのようなマイナスの影響があるか、出し合いました。 

    
感情
・劣等感(話すことだけでなく、いろいろなことへの劣等感情)
・みじめ(どもった後の、周りの目、雰囲気を感じてみじめになる)
・このままどもり続けたら、どんな人生になるか。死んでしまいたい、絶望感
・話す前のどもるかもしれないとの不安
・どもった後の、恥ずかしさ
・どもったことで、ちゃんと相手に伝わらなかったと感じると、悲しい
・どもることへの恐怖、周りの視線への恐怖
・どもることへの、なぜ自分だけがという憎しみ
・どもらない人への嫉妬、どもらない人がうらやましい
・人が怖い
・どもるのが嫌さに、したいこと、しなればらにないことをしなかったことへの後悔
・どもったことで、相手に迷惑をかけたのではないかという申し訳なさ、罪悪感
・電話をすることへの恐怖
・どもる自分に腹が立つ
・ちゃんとできなかったことへの不全感
・孤独感、疎外感(音読でどもった後の昼休みなど)
・どもるつらさがなかなか理解されないことが、さみしい
・なんで私だけが!(どもりなのか!)という悔しさや怒り

 吃音を否定し、話すことから逃げていると、このような感情がいつまでもついてくるのではないでしょうか。大阪吃音教室では、思考、行動、感情を自分自身で把握して、それにどう対処すればいいか、みんなで考え合います。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/5/22