吃音親子サマーキャンプの場の力 3
 
『児童心理』連載の3回目です。
 

演劇のもつ力

                  日本吃音臨床研究会会長  伊藤伸二
  
 どもる子どもの自己表現

 「2年生の3学期のお楽しみ会での読み聞かせで、どもりながら読み終わったとき、友だちが、私がどもっているところをマネしたので、みんなが笑って泣きたくなりました」
(A子小学5年時の作文)
 音読や発表を苦手にしている、どもる子どもは少なくない。学習発表会の劇などで、本当はしたくても、ひとりでセリフを言うことには尻込みする。それらが、日頃の学級での人間関係や自己表現にも影響している。安心してどもることができる場で、子どもたちが苦手にしている劇に挑戦し、表現する楽しさ、喜びを味わってほしい。さらには、表現力を豊かにすることができれば、吃音とともに生きる力になるだろう。
劇5 相談中

 吃音親子サマーキャンプでは、「劇の稽古と上演」を「話し合い」と共に2つの柱にしている。
 「からだとことばのレッスン」を主宰する演出家・竹内敏晴さんは、私の思いを受け止め、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」やミヒャエル・エンデの「モモ」など、子どもが楽しく演じられるものを選び、大勢の子どもが出演でき、グループごとに稽古ができるよう場面を分け、ひとつの劇を作り上げる脚本を毎年書き下ろしてくださった。
 誰に向かって言うセリフなのか、それをどう受け止めて返すのか、相手に向き合うからだになっているのか、「竹内レッスン」のエッセンスを凝集したような脚本だった。そして、子どもに教えるときの手順なども含めて、スタッフに合宿で演出・指導をして下さった。
 竹内さんが亡くなった後、大学院生時代から竹内レッスンやキャンプに関わり、教育に演劇を取り入れることの研究実践をしている、東京学芸大学渡辺貴裕准教授が引き継いでくださっている。
劇6 うんとこしょ

 演劇の取り組みの意義

 《声を耕し、ことばを育てる》
 「吃音を治す、改善する」を私たちは目指さないが、声、ことばに向き合い、どもっても、その場にふさわしい大きさの声を、表現豊かな声を、耕したい。目を伏せて、うつむき加減に話す子どもに、目の前の人に向かって話しかけようと励ます。演劇は、人と人とが向き合い、響き合うための、格好の教材だ。
 《困難な場面に向き合う》
 ナレーター役の子どもが、何度も挑戦するが最初のことばが出てこない。周りからの激励やアドバイスにその子どもは怒り出し、投げ出した。その子どもに関わり、特訓をしたことがある。「次の日…」の「つ」が言えない。「つ」を言おうとせず、息が流れる母音の「ういおい…」とセリフを読む練習をしばらくして、彼はグループに戻っていった。上演での彼のナレーターは見事だった。あまりどもらずにできたことに意味があるのではない。自分が苦手とすること、困難なことに挑戦し、工夫する。サバイバルする力を身につけていく姿がうれしかった。
 《自分で自分を支える》
 練習の時はそれなりにできていた子どもでも、140名もの人の前で演じるとなると緊張する。自分以外にも舞台には人がいるとはいえ、セリフを言うときは、観客の目は一斉にその子どもに注がれる。逃げ出したくなる自分をひとりで支える。日常生活の中の困難な場でも、自分で自分を支えなければならない。どもりながらも演じきるところに、苦手にしていることや、困難な場に向き合う、新しい「力」が生まれる。 
 音読が苦手だったA子は、2回目のキャンプで主役に手を挙げた。
 「劇は脇役になりたかったけれど、目立つ役でもいいかなと思って、立候補しました。でも、初めからすごくどもって、なかなか劇がすすまないので、嫌になりました。上演のときはすごく緊張感をもって、挑みました。私は話すのにせいいっぱいで、役になりきっていなかったけれど、達成感がものすごく感じられました」(A子小学6年時の作文)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/7/16