昨日のつづきです。
 2014年11月28日の講座を担当した徳田和史さんの、NPO法人大阪スタタリングプロジェクトの機関紙「新生」に掲載された報告を紹介します。
  \は辰砲覆辰燭海(してもらったこと)
  △靴栃屬靴燭海(してあげたこと)
  L堆任鬚けたこと
 今回は、,寮は辰砲覆辰燭海(してもらったこと)です。みんなは、口々に吃音のおかげで、いろんなことができるようになったと、感謝の気持ちをこめで、発言していきます。吃音を否定し、「吃音を治す、改善する」立場の人々からは、絶対に出てこない発言です。うれしそうに発言していく人たちの表情を紹介できないのが残念です。

§内観に必要な安全感
 特に「L堆任鬚けたこと」は、否定的で悔やまれ、自責につながる人生の側面を経験する。重要な他者に迷惑をかけた想い出によって生じる苦痛な感じに取り組むためには、安全で愛されているという感覚が必要である。
 前述のとおり、内観の創始者である吉本伊信は浄土真宗の教えに影響を受けて内観を発展させたのであるが、これは浄土真宗の開祖である親鷺の教えにつながり、その教えを説いた『歎異抄』に次の記述がある。「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや…」。直訳すれば「善人だって悟りをひらくことができるのだから、まして悪人が悟りをひらき往生できないわけがない…」となる。ここでいう善人とは「自分ほど善い人間はいない、自分はこんなにも善を積んでいるのだから、必ず成仏できる」と信じている人であり、悪人とは「自分ほど罪深い人間はいない。自分のような者が悟りの世界に入るということは到底できない相談であって、悟りの世界に到達するためには仏様におすがりする以外にない」と思い込んでいる人を意味している。
 親鷺は、自力の心を捨て他力(仏様)を信じ、ひたすら念仏を唱えることによって、阿弥陀仏の極楽浄土に往生し成仏できると説いた。これはまさに基本的信頼感や安全感であり、自分は罪深いことをしたという罪悪感をもっていても、それでも受け入れられ、生きることを許されているという教えである。
 吉本伊信も親鷺のこのあたりの教えから内観を発展させたのではないだろうか。

§どもり内観
 後半は参加者全員でどもり内観をおこなった。休憩時間を利用した15分ほどの限られた時間の内観であったが、"どもりさん"に対して、あるいは"周りの人"、"吃音教室"に対して、内観3項目の手法で自分の過去をふり返ってもらった。
(内観ワークシートを配り、各自が記入)
その後、一つの輪の中で順番に一人ひとり発表してもらい皆でシェアした。

*どもりさんに世話になったこと(してもらったこと)
・いろんなことが勉強できた。
・同じ悩みの友と出会えた。
・大阪吃音教室に導かれた。
・吃音ショートコースに参加することができた。
・自分を見つめ直すきっかけになった。
・いろんなことを判断し、決定するきっかけをつくってくれた。
・自己紹介ですぐに覚えてもらえた。
・吃音世界大会で海外旅行に行くきっかけを作ってくれた。
・心が強くなった。
・大阪吃音教室に来るまで文章を書くことがなかったのに書くことができた。
・自分を磨くきっかけになった。
・人前で話す練習ができた。
・遊び仲間ができた。
・吃音ショートコースで講師の有名人に会えた。
・受け入れることを教えてもらった。
・勉強の、予習していないのをどもりのせいにしてごまかした。
・仕事を世話してもらった。
・傲慢にならず謙虚になれた。
・自己開示のきっかけになった。
・人前でしゃべることができるようになった。
・弱い立場の人に対して、優しくなれた。
・人の話が聞けるようになった。
・沈黙が苦痛にならなくなった。
・マイノリティを理解できるようになった。
      (つづく)  「新生」2014年12月号 NO.470より


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/23