東京大学先端科学技術研究センターでのイベント、終わりました


9月7日、午後1時半より、東京大学先端科学技術研究センターで、「どもる人たちの当事者運動を振り返る 伊藤伸二さんを囲んで」というイベントが行われました。
東大イベント 先端研前
 これは、東京大学先端科学技術研究センターの大学院生の山田舜也さんが企画して下さいました。
山田さんは、昨年10月、大阪吃音教室に初めて参加され、その後、2度の新・吃音ショートコースや東京ワークショップ、吃音親子サマーキャンプでご一緒しています。東大スタタリングというグループを運営し、当事者研究についてもグループで取り組んでいる若きどもる当事者です。
 山田さんが所属する東京大学先端科学技術研究センターには、盲ろうを生きる福島智・東京大学先端科学技術研究センターバリアフリー分野教授、車いす生活の熊谷晋一郎・東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野・准教授が所属しておられます。
東大イベント タイトル東大イベント 伸二講演
 僕が75分、お話した後、福島さんと熊谷さん、山田さんも登壇し、僕の話を受けた感想を語るところから、総合討論が始まりました。
東大イベント 福島・熊谷東大イベント 伸二
 僕は、この講演のお話を受けてから、いろいろこれまでのことを振り返りました。1965年の夏、大学1年生の時に入寮し、吃音治療に励んだ、東京正生学院での30日間は、僕にとってどんな意味があったのか、その秋に創立した言友会というセルフヘルプグループの持つ意味、言友会創立後10年の動きとその意味など、これまでも考え、語ってきたことだけれど、改めて資料を持ち出して考えました。その中で、僕は、自分の学童期までさかのぼりました。
 小学2年生の学芸会でせりふのある役から外され、その後、どもりに悩むようになったという話はよくしています。そのエピソードから、教師の配慮、配慮の暴力、対等に子どもと相談する必要性など提案してきました。そして、そのときに持ってしまった「どもりは悪いもの、劣ったもの、恥ずかしいもの」「どもっていれば、有意義な人生は送れない」「どもりを治さないと僕の人生は始まらない」などのストーリーのまま、僕は21歳まで生きました。
 21歳で別のストーリーを手に入れました。セルフヘルプグループで活発に活動していくのですが、小2から21歳までの「勤勉性のまったくない、無気力」のブランクがありながら、どうして学童期・思春期の取り戻しができたのか、それは、僕の学童期以前、小2以前の、両親からの基本的信頼感と、僕の非認知能力のおかげだったのではないかと気づきました。非認知能力は、ひとつのことに粘り強く取り組む力、内発的に物事に取り組もうとする意欲のことであり、忍耐力、社会性・自信・楽観性などですが、それがあったから、僕は、21歳のとき、方向転換できたのだと思います。言い換えれば、言語訓練より、非認知能力を育てることこそが、幼児期・学童期に大切なのではないかと思うのです。
 東大でのイベントに向け、いろいろと考え、準備する中で、整理したことをきっかけに、まとめてみました。
 
 盲ろうの福島さん、脳性まひで車いす生活の熊谷さん、それぞれの支援者・通訳者、そしてこの企画を考えてくれた山田さんたちのおかげで、充実した豊かな時間を過ごしました。盲ろうの福島さんとのコミュニケーションは、支援者のおかげで時間差がまったくなく、障害を感じさせないもので本当に驚きました。映像や本の表紙でしか知らない福島さん、熊谷さんと、楽しく話せたことは、不思議な感覚でした。
 「あの本の人、実物の伊藤がいる」と時々言われることがありますが、こんな感覚かと初めて思いました。どもりでよかったと思える瞬間です。

 平日なのに、関東地方の、吃音プロジェクトの仲間が参加してくれ、心強く感じながら、壇上にいました。また、会場には、元TBSのデイレクターの斎藤道雄さん、医学書院編集者の白石正明さん、「どもる体」の著者伊藤亜紗さんもいて下さり、それぞれが、僕の話はおもしろかったと感想を言って下さり、一所懸命考えて用意した甲斐がありました。
 どもる子どもの子育てについて、これまでもいろんな柱をたててきましたが、東京大学での今回の話が、今後の僕の話の中心的な話題となりそうです。

 今回のことで考えた事、とても大切なことがありましたので、おいおい紹介していきます。今回は、イベントが終わったことの紹介です。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2018/9/12