コロナの感染急拡大が止まらず、大阪にも緊急事態宣言が発出されました。それに伴い、大阪吃音教室の会場の、アネックス・パル法円坂も、時短要請を受け、原則午後8時までの開館となります。昨日の大阪吃音教室は、年末年始のため、ほぼ1ヶ月ぶりの開催でしたが、来週からは休会になります。セルフヘルプグループにとって大切な、直(じか)に出会うということができなくなることは、とても寂しいことです。
 昨日の講座は、年の初めの恒例の「どもりカルタを作ろう」でしたが、急遽、吃音について今考えていることを出し、話し合いをすることになりました。話題提供された話について考え、話していく中で、僕は、たくさんのことが浮かんできました。浮かんできたことをことばにしていく作業は、とてもおもしろく、わくわくする時間でした。直に出会い、考えをやりとりし、「間」を活かしながらことばを紡いでいく時間は、とても刺激的でした。改めて、僕は、セルフヘルプグループ型の人間なのだと思いました。
 そこでの話は、ぜひ、紹介したいと思います。

 どもる僕たちが、自分の子どもの頃のことを振り返って、今、どもる子どもに伝えたいことは何か、できることは何か、と考え、吃音親子サマーキャンプを開催してきました。「かわいそうな子ども」ではなく、「困難に直面し、それを自分の力でなんとか処理していこうとする子ども」になってほしいと思います。そのように生きている人が、吃音以外のところにたくさんいます。そんな人の一人、レーナ・マリアさんの話から、文章はスタートしました。1991年6月27日に書いたものです。


  
どもる子どもの生き方教育
                           伊藤伸二
 スウェーデンの女子学生、レーナ・マリアさんの人生に対する考え方と日常の生活ぶりがテレビで紹介された(朝日テレビ、ニュースステーション1991.6.12)。
 両手がなく、片足が短いという障害を持って生まれたマリアさんは、今、誰の助けも借りずに、アパートで一人生活をしている。上手に足と口を使って買物をし、アパートに帰ると、今度は足をきれいに洗い、包丁を巧みに使って料理をする。足で車を運転し、ドライブを楽しむ。多少時間がかかることはあるだろうが、両手がないことで行動がほとんど左右されていない。将来はプロの歌手になるのだと夢を語り、実際、声楽を学び、レッスンを受けている。見事という他はない。マリアさん本人だけでなく、このように育てた両親の凄さ、素晴らしさを思った。
 見てそれと分かる障害を持って子どもが生まれた場合、親は驚き、できれば人前に出したくないと最初は思うだろう。唇裂・口蓋裂の子どもが生まれ、「唇の手術が終わるまで決して他人に見せないでおこうと心に誓った」「他の子と遊ばさねばと思いつつも、外へ出すのがかわいそうで、家の中で遊ばせることが多かった」とふり返る親がいる。「どもったらかわいそうだと思い、買い物には一切行かせなかった」と、ついつい甘やかして育てたことを反省するどもる子どもの親も少なくない。
 マリアさんの両親の場合は違った。彼女をどんどん外へ出し、様々な体験をさせた。あらゆる生活の場で困難な場面に直面させ、それをのりこえる力を育てた。生易しい工夫と努力ではなかっただろう。そして、今マリアさんは、「両手のない自分を嫌と思ったことはありません」と明るい笑顔で話す。子どもの頃の、未知なものへの不安や恐れを取り除く教育から、このように自己を肯定して生きる姿勢が育ったのであろう。

 子どもががんにかかったら、真実を知らせるべきだろうか―「がんの子供を守る会」の総会で『告知』の問題が取り上げられた。
 2歳10か月で発病したという女子学生(21歳)は、
 「親が話してくれたので、記憶のある5歳の頃から自分ががんだということは知っていました。親にうそをつかれていないということで、信頼関係が強くなったと思う」
 と言う。また、真実を話してきたという母親は、「大人が考える以上に、子どもたちはたくましく乗り越える」と話す。医師の立場からは「成人でも6割が知らされたいと思っているのに、子どもだから隠した方がいいとは思わない。事実を知りながら親が悲しむと思い、言わずに亡くなる子どももいる。たとえ、治らなくても病名を共有して分かりあえたら、と思います」 1991.6.20朝日新聞『小児がん告知すべきか』

 私は3歳頃からどもり始め、9歳の時にはどもりということばは知っており、どもりを強く意識した。けんかをすると「どもりのくせに」といじめられた。自らの吃音を認められず、吃音が治ることばかりを夢見ていた。話さなければならない場をことごとく避け、自己を否定し、逃げてばかりの生活を21歳まで続けた。レーナ・マリアさんの生き方、小児がんの告知の問題と、自らの子どもの頃を比べると、もっと早くから吃音と直面し、吃音を持ったままの生き方を目指していたら、と悔やまれる。
吃音の克服表紙 『吃音の克服』(新書館)の著書で知られるアメリカの言語病理学者、フレデリック・マレー博士は、「7歳までに吃音が治らないと将来ずっと吃音を持ったまま生きる可能性は極めて高い」と指摘している。ことばの教室に通う年齢に達している吃音は治りにくいと考えるのが現実的であろう。そうであるなら、吃音症状へのアプローチだけでなく、吃音を持ったまま生きる、つまり吃音を直接話題にし、吃音と直面するどもる子どもの生き方教育が必要になってくる。
 自己概念の確立、コミュニケーション能力の育成、アサーション、感情の表現、自己開示、ユーモアセンス。成人のどもる私たちが大阪吃音教室で、学び、トレーニングしているこれらを学童用にプログラム化できれば、どもる子どもの生き方教育のすすめとすることができよう。   1991.6.27


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/1/16